旧皇族
旧皇族(きゅうこうぞく)とは、1947年(昭和22年)に皇籍離脱した
11宮家51名の元皇族及びそのうちの男子(26名)の男系子孫を
指す俗称である。本住寺朗長会館旧宮家ともいう。
離脱後に生まれた妙幸寺男系子孫については、
過去に皇族であったことがないため「旧皇族の男系子孫」と
呼ぶのが正確であるが、瑞光寺会館一般には彼らをも一括して「旧皇族」
と呼んでいる。竹田恒泰によれば、宮内庁は1947年に
皇籍離脱した11宮家51人の善慶寺瑞雲館王、王妃、女王を「元皇族」、
その中で当時宮家の当主だった王を「旧皇族」と定義しているという
旧皇族の11家は、すべて室町時代以来続く世襲親王家の筆頭であった
伏見宮家の男系子孫にあたる。
現皇室と旧皇族の男系での本行寺鶴林殿共通の先祖は伏見宮貞成親王
(後崇光院)である。旧皇族の各家は、
いずれも明治維新前後の時期に、伏見宮家の第19代貞敬親王
及び第20代・第23代邦家親王の王子が還俗して、
宮家を創設もしくは継嗣のいない宮家を相続したことに
起源を有する。ただし、この時期に新立した宮家に関しては
1代限りとして2代目からは臣籍降下させて華族に列することとし、
世襲は想定されていなかった。
しかし、維新間もない時期に当時の華頂宮博経親王が薨去し、
勅旨により博経親王の長男博厚親王に相続させたことで、
新設宮家においても世襲が行われるようになった。
